福岡高等裁判所宮崎支部 昭和35年(う)133号 判決 1960年10月18日
控訴人 被告人 沢田幸正
検察官 西向井忠実
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田島政吉名義の控訴趣意書記載のとおりであるからここに引用するが、所論は原判決挙示の全証拠によつても被告人が原判示日時に原判示場所に臨席した事実は格別、原判示酒食の饗応を受けた事実は全く認められず、却つてそのうち被告人の夫々司法警察員及び検察官に対する供述調書や原審公判における供述によれば、被告人は当夜既に夕食もすましまた日頃酒を好まないところから原判示酒食には全然手をつけず、ただ茶を飲み漬物を口にしたにすぎないことが認められる。しからば原判決はその理由にくいちがいがあり、また判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認を敢てしていることに帰するので到底破棄を免れないというのである。
しかし、饗応とは飲食物の供与という物質的な方法により人に歓楽を得させるという精神的作用を企図する行為であるから、饗応の場たることを認識して参集した者においてその場に供与された飲食物の全部又は一部を現実に喫しなかつたとしてもその場における和楽の雰囲気を享受したと認められる以上、これを以てその饗応を受けたものといつても差支えないものと解する。これを本件について看るに、原判決挙示の植竹重之、岡田英徳の夫々司法警察員及び検察官に対する田原時義の司法警察員に対する各供述調書によると、原判示選挙に立候補した白男川良孝の選挙運動者である植竹重之は、昭和三四年四月一七日夜居村部落における同候補の個人演説会の帰途瀬戸善右ヱ門方に岡田英徳ら一〇名ぐらい相寄つた席上、投票日も迫つたので一日連絡通知の余裕をおいた同月一九日夜田原時義方に同候補に心を寄せる者を参集せしめて同候補のため投票ならびに投票取纒め等の選挙運動を依頼し酒席を設けてその労をねぎらうとともにさらに最後まで強力に該運動を推進させるべく気勢を挙げんことを提唱して一同の賛成をえたので、同月一九日午後七時半頃田原時義(父郷次郎)方に赴き当夜の費用はすべて同候補の親類筋にあたる選挙運動者石原弘保が負担するものと考えて尾上孝二らと相談して原判示酒食(原判決挙示の田原ムロの司法警察員に対する供述調書によれば炊飯三升、味噌汁、同小正和子の司法警察員に対する供述調書によれば焼酎三升一〇三五円相当、同塚田ツルヱの司法警察員に対する供述調書によれば魚類罐詰二〇個八四五円相当。同伊藤英男の司法警察員に対する供述調書によつて認められる菓子三〇〇円相当は後刻酒宴中に追加)を炊さん購入して同家表座敷にならべて準備したこと、一方同じく被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書によると、被告人はかねて世話になつている石原弘保との関係から原判示選挙において居村部落内の石原派として白男川良孝候補を支持していたのであるが、原判示当日夕刻帰宅した際母ツヨから留守中義兄岡田英徳から当夜田原郷次郎方に来てくれとの伝言があつたと聞いて、当時同候補のための選挙運動が旺盛で且つ田原方が石原派に所属するところから当夜の田原方における会合が同候補の当選を期するためのものであることを充分承知して同夜九時頃田原方に赴き同家表座敷に着坐したが、すでに同所には石原派ひいて白男川候補支持と目されるものが一四、五名ほぼ半円形に坐つていて目前に並べられた前示酒肴に手をつけている者もあり、ついで植竹重之から「選挙が近づいて来たので一同白男川候補に協力してくれ、対立候補の山本派の者が切りこんでくるかも知れぬから警戒してくれ、異状があつたら自分に連絡してくれ」との挨拶があつた後前示炊飯や味噌汁もその席に出されたが、これらの酒食は植竹重之らにおいて一同に対し、原判示選挙において白男川候補に投票してくれ、同候補を当選させるために山本候補の選挙運動者が部落内に切りこまないよう警戒しまた選挙情報を提供してくれと依頼する趣旨でその席に出されたと思つたが、しかし被告人はすでに夕食もすましており酒も好まないので田原時義の妻が湯呑茶碗に茶をついでくれたのを飲み、同女がはさんでくれた漬物大根を一、二切れ食して近くに坐つていた山口正市や岡田英徳らと政治論や雑談を交して午後一一時頃帰宅したことが認められる。そうすると被告人は原判示日時原判示場所において原判示選挙に立候補した白男川良孝の当選を期するための話し合いがなされることを意識して同所に臨み、そこで原判示趣旨の宴席が設けられていることを認識してこれに加わる意思を以て前示時間在席歓談したのであるから原判示酒食そのものには全く手をつけず単に茶、漬物を喫したにすぎないとしても主催者の意図を諒としてこれを受けたに外ならないので、さきに説示したところに従いこれを以て公職選挙法第二二一条第一項第四号にいう饗応を受けたと認定してもすこしも支障はないといわなければならない。しからば原判決には毫も事実誤認もなければまた理由のくいちがいも存しないので論旨は採用できない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、同法第一八一条第一項本文により当審における訴訟費用を被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 二見虎雄 裁判官 淵上寿 裁判官 蕪山厳)
弁護人田島政吉の控訴趣意
第一点原判決には理由にくいちがいがある。原判決は、被告人は昭和三十四年四月二十三日施行の鹿児島県会議員選挙に際しその選挙人であつたが右選挙に立候補した白男川良孝に当選を得しめる目的で昭和三十四年四月十九日田原郷次郎方において植竹重之より右白男川候補のため投票並に投票取まとめ等の報酬として饗応されるものであることの情を知りながら約百二十円相当の酒食の饗応を受けたものである。と判示し被告人を罰金千円に処し、証拠として、被告人の司法警察員に対する昭和三十四年五月一日附検察官に対する昭和三十四年五月十六日附各供述調書第五回公判調書中証人植竹重之の供述記載の外関係人の司法警察員検察官に対する各供述調書を採用しているが、被告人は起訴状記載の日時場所に出席したことは争はないが酒食の饗応は受けていないし原判決が採用した証拠のいづれを以つてしても右訴因を認め得るものはなく却つて被告人の司法警察員並に検察官に対する各供述調書の記載及び公判における供述によれば被告人は既に夕食後であり酒を好まないので酒食の饗応を受けずただ茶と漬物を受けているに過ぎないことが認められる。
然るに原判決は審理をつくさず右事実の認定をしたもので理由にくいちがいがある。
第二点原判決は判決に影響を及ぼすべきことが明らかな事実の誤認がある。第一点に指摘した通り被告人は酒食の饗応を受けていないのに原判決は之を受けたものと認定して有罪の言渡をしたが事実の誤認であり右誤認の結果有罪を言渡したもので判決に影響を及ぼしたことが明らかである。
以上の理由により原判決は破棄さるべきものである。